アスレティックトレーナー 関上寅之輔のブログ

スポーツ・健康・心と身体のコト

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常に変化をともなう安定



【安定】という言葉を辞書で引くと

1 物事が落ち着いていて、激しい変動のないこと。「心の―を保つ」「物価が―する」

2 平衡状態に微小な変化を与えても、もとの状態とのずれがわずかの範囲にとどまること。「―のいい花瓶」

3 物質が容易に分解・反応・崩壊しないこと。「この元素は―している」

という事だそうです。



【変化】という言葉は、

1 ある状態や性質などが他の状態や性質に変わること。「時代の―についていけない」「―に富む生活」「気温が急激に―する」

2 文法で、単語の語形が人称・数・格などに応じて変わること。「動詞の語尾が―する」



一見正反対の言葉のように聞こえますが、

先日テレビでサッカー日本代表のSBの内田選手がこんな事をいっていました。



インタビュアーとの『新しく採用された3・4・3のシステムについてどう考えますか?』

という内容についての話の中で、

内田選手は、

『試合前に11人で肩を組んで写真を撮ると思いますが、

例えば2014年のブラジルワールドカップの時に、今の11人がまったく同じ11人である事はありえない。』

『そう考えると、"今(現在)"のシステムはそれほど重要ではない。』

『常に作り上げた物を壊して、

創りなおしながら変化していく事が大切なこと。』

こんな事を話していました。




ここから先は私見なのですが、

安定ってどんな世界でも必要だと思います。

しかも低く安定するのではなく、

高い水準で安定する事が大切なんだと。


サッカーのナショナルチームで言えば、

現在はスペインがFIFAランクトップですが、

1位のまま安定する事が大切です。

FIFAランキング最下位は『蘭領アンチル』(何処の国なんでしょうか?)だそうですが、

低く安定する事というのは割かし簡単だと思います。



結果として【高い水準で安定】するためには、

過程として【変化をし続ける】ことが必要なんだと。


じゃあ『システム』って何かと考えた時に、

【結果を出すために必要な要素】であると同時に、

長いスパンで考えるほど【固執するほどたいしたものではない】という事かもしれません。


サッカーでも、

仕事でも、

なんでも同じ事がいえるように感じます。


文章がごちゃごちゃしましたが、

とにかく改善改善改善。

変化変化変化。

現在というのはすでに過去のことですから。

現在の事を考察する事は大切ですが、

今現在の事というのは、

『変化のための一つの要素でしかない』

というように考えていかなければならないのかもしれません。








※①携帯にメモしたのですが、その選手が言った言葉を完全にメモできたわけではないので、文責は私にあります。

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| ことばあそび | 23:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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昭和の雰囲気



恵比寿駅周辺でで道に迷った挙句、

偶然みつけたラーメン屋さんに入りました。

s_2011-06-272022_54_22.jpg

レトロというかなんと言うか、

わたしはたまらなく好きな雰囲気です(笑)

s_2011-06-272022_37_12.jpg

横浜周辺の豚骨醤油ラーメンを【家系】というそうですが、

完全にこちらの方が家系です。

実家で食べたラーメンとチャーハンの味とまったく同じにすら感じました(笑)

ラーメンセット800円です。


お父さんとお母さん(多分)ふたりで切り盛りしているようで、

カウンター席の隣には、

「おいしんぼ」や

「コブラ」の単行本がならび、

ハンガーには沢山のうちわがかかっています。

とにかくこの日は暑くて、

昭和の雰囲気を味わいました。





私たちは5人で入ったのですが、

私たちの後に二人の男性客が入ってきました。


二人の男性客は私たち5人をみて、

「少し急いでいるから他に行くよ、ごめんね」

と店主のお父さんに声をかけ出て行きました。

私が、

「大勢できてすいません」

とお母さんに言うと、

「とんでもないですよ~」

とお母さん。


その時お父さんはすでに店を飛び出していて、

「大丈夫だから!」

といって先ほどの二人の男性客をつれて戻ってきました。


そのあと完全に私たち5人の注文は後回しで、

二人の男性客に先にラーメンが届いた事は言うまでもありません(笑)


こういう感じって最近あんまりないように感じます。

どんな商売も結局人がやっていることなんだと。


なんか懐かしく感じます。

田舎の群馬を思い出すのかもしれません。


駄菓子屋さんに行くと、

店のおばちゃんに、

「お前そんなに買っちゃダメだろう!!これとこれだけにしなさい。」

とお菓子をおばちゃんにチョイスされてた事を思い出しました。(笑)

おかげで、

子供ながらに健全な経済活動ができていました(笑)

懐かしいかんじです。





| 日常生活 | 23:29 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「わん」さんにビールご馳走になった件




先日R-Body Academyの帰りに同期生の「わん」さん(愛称)オススメのラーメン屋さんに連れて行っていただいきました。

そしてビールまでご馳走になりました。

s_2011-06-202022_31_20.jpg

暑い夜の生は最高です!


行ったのは『ZERO1』というラーメン屋さんで、

s_2011-06-202022_34_14.jpg

がっつり系とんこつラーメン大盛りを食べました。

私の好きな太麺で、

すごく美味しかったです。


写真右隅にうつっている醤油ビンのようなものは、

赤い彗星『シャア専用ザク』を彷彿とさせる

『ガッツリ系専用ダレ』なる調味料です。


途中まで食べてから入れると、

通常とまた味が変わり美味しく頂きました。


恵比寿ってラーメン激戦区らしいですね。

池袋もラーメン激戦区という話を聞きました。

町田もラーメン激戦区だそうです。

新宿もラーメン激戦なそうなので、

ラーメンというのはいろんな町で戦ってるんですね。


少し前にラーメン屋さんが4店舗並んでいる交差点の話をしましたが、

参考記事/間違わないで入ったラーメン屋さん

なんでラーメン屋さんの近くにわざわざラーメン屋さんを出店するのか。

という疑問をもっていました。

わざわざライバルの隣に店を出すという事は、

少ないパイをさらに奪い合う事になるのではないかと。


しかし話によると、

人気ラーメン屋さんにラーメンを食べに来た人がいるとして、

人気ラーメン屋さんというのは、

いつも【込んでいたり】、

【スープが切れてしまって閉店時間が早くなったり】して、

折角ラーメンを食べにきたのに食べられないというケースが多くあるようです。


そんなときに、

お目当ての人気ラーメン屋さんでなくても、

「隣のラーメン屋さんでいいかっ」

というふうに近くのラーメン屋さんにお客さんが流れるのだそうです。


たしかにラーメン食べるつもりでいったら、

例えお目当てのものは食べられなくてもラーメン食べたい気持ちはわかります。





| 日常生活 | 23:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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マクドナルドの会計のあと脇に移動させる接客




マクドナルドにいくと、

『ご注文はお決まりですか?』

『マックチキンとマックポークとハンバーガー単品で。』

『かしこまりました』

『それではこちらに避けてお待ちください』

というようなやり取りが何処の店舗に行ってもあります。

自分以外に誰も並んでいないとしても、

脇に移動するように指示をうけるのです。


私はその【移動の指示】に対して、

良いイメージを持っていませんでした。

なにか無理やり移動させられているような印象をうけていました。





そんなとき、

私がトレーニングの指導に行かせて頂いている大学の学食でこんな事がありました。



その大学の学食は、

お盆を持ってカウンターまで行き注文をして品物を受け取り、

自分で席まで持っていくというシステムでした。


私がお盆をもってカウンターに行くと、

すでに3人くらいの人がお盆を持ってカウンターに並んでいました。

私もその後ろの方でカウンターが開くのを待っていると、

となりから、

『カレーのラージください』

と声が聞こえてきました。


『んっ!私は並んでいるのに!』


と一瞬割り込みを疑いましたが、

どうやら私の前の3人はもう注文を済ませ、

料理が出てくるのをただ待っているだけのようでした。

配膳係りの方も、結果的に割り込んだ形となったカレーの彼も、

私が注文するために並んでいるつもりでいたことに気づいていなかったようです。



その瞬間悟りました。

マックでの脇への移動もこのようなことが起こらないようにするためだったんですね。

注文前のお客様と注文後商品を待つお客様を分けて、

従業員のミスを無くし、

お客様の満足度をあげることが目的だったのだと。

少し考えれば分かりますが、

以前の私は、

「マニュアルどうりにやっているんだな。わざわざ移動させなくてもいいのに」

と少なからず思っていました。






以前聞いた話ですが、

マクドナルドの店員さんが何かミスをした場合、

ミスした店員を【叱る】のではなく、

そのミスを犯した店員でもミスをしないような【システム】を作る工夫しているんだそうです。

何でもかんでもシステムを変えるという事とはもちろん違うと思いますが、

【顧客の満足度を高める】という事を最終目標に挙げた時に、

【システム】とか【マニュアル】というのも凄く大切です。


マニュアル人間なんていうとマイナスなイメージに聞こえますが、

マニュアルやシステムというのも当たり前ですが大切なんだなと感じました。






| トレーナー・仕事・職業観 | 23:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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日本男児


今日、私がトレーニングのお手伝いをさせていただいている方から本を頂きました。

s_2011-06-252023_23_16.jpg

ご存知、日本代表のSBの長友佑都選手の『日本男児』という本です。


本を頂いた方はもちろんトレーナー業界の方ではなく、

一般女性の方なのですが、

トレーニングや身体のことを凄くよく勉強していらっしゃいます。

お仕事で何度も海外に行かれていたりと多彩な経歴を持つ魅力的な方で、

いつも私にとって良い影響を与えてくださいます。

今回頂いたこの本も、

わたしの今後の活動にいい影響となることは間違いないと思います。

本当に有難いです。


めっちゃいい事書いてありますよ。

私も彼と同じ25歳。

なんか親近感が湧いてうれしく、

応援したくなる気持ちの一方で、

自分も頑張らなくてはと感じます。

とにかく本に書いてある、

彼のいい所を今から真似します。

とりあえず寝る前のストレッチ!





| 本棚 | 23:44 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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思考停止状態






最近収監された元IT企業社長が書いた本がいくつかありますが、

その中のひとつに「思考停止状態」というキーワードがありました。

「思考停止状態」という表現と考え方が非常に興味深く、

機会があればこのブログでも考察していきたいと思います。


そんなことを考えていたら、

家の近くのスーパーでこんな状況がありました。

s_2011-06-242020_20_54.jpg

写真は私の家の最寄り駅に新しく出来たイオンの様子ですが、

なんの写真かというと、

レジに並ばずに精算できるセルフレジスターです。

「セルフレジスター」というのかどうかは分かりませんが(笑)

私が命名しました(笑)




写真には写っていませんが、

このエリアの隣に、

昔ながらのレジ係さんのいるレジもあります。

ちらと見ると、

レジ係さんの後ろには支払いの順番をまつ列が出来ていますが、

セルフのレジは10台くらいあるのに閑散としています。


セルフのレジで自分で清算すれば、

支払いを早く済ませ、

早く家に帰ることが出来るのに、

なぜかみんなレジ係さんレジの後ろに並んでいます。


列に並ぶ事になにか理由があるのか。

文字どおり思考が停止しているのか。



習慣とか、

常識とか、

こだわりとか、

恥じらいとか、

無難とか、

平均とか。

それらの概念というのは、

一歩踏み越えると、

本当にその一歩の間に境界線はなくて、

まったいらに何処までも繋がっているのかもしれません。


たぶん私自身、

色々な事で今この瞬間も『レジ係さんのレジ』に並んでるんだとおもいます。

何の疑いもなしに。


あるいは多少疑ったとしても、

本当は存在しない、

例えば「常識」とかいう高い境界線を見上げて、

一歩踏み出すのを躊躇しているのだと。


もしそうだとしてもなかなか気づけないんですよねー


昔から嫌いだからっていう常識に囚われて、

しいたけでダシを取ったうどんのつゆの美味しさに気づけないのと同じように。(笑)


インターネットが革命的に世界を変えているのに、

『難しいから』『私には分からないから』っていう常識の境界線を超えられないとか。





あと今日はブログも紹介します。

動楽トレーナー鈴木亮司のオフィシャルblog

私がアルバイトしている大手フィットネスクラブで、

パーソナルトレーナーをしていらっしゃる鈴木亮司さんのブログです。

『動いて楽になる。楽に動く事』を理想にとした動楽体操の考案者で、

動楽体操で世界中の方の健康と夢の実現に貢献すべく活動されています。

思慮深く、感性に優れた方で尊敬する先輩の一人です。




| メンタル・心・気持ち | 23:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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有難いということ




昨日の夜スマートフォンのOSをアップロードしました、

やばし!

Android OS 2.3.3やばしですよ!

アップロードめんどくさがっているGALAXYユーザーの方はすぐやった方がいいです!

ヌルヌルですよ画面の動きが、

文字どおりヌルヌルデス



ぬるぬるな携帯をいじっていると、

メモの中に『有難い』とだけ文章が残されていました。


テレビが雑誌か何で見たのかは忘れましたが、

忘れないようにメモしていたのを思い出しました。



誰でも『ありがとう』って言葉を結構使うと思います。

私もよく使いますが、

『ありがとう』って言う言葉をいつもひらがなで認識していました。

私の使っている『ありがとう』はひらがなな訳です。



しかし当たり前ですが、

【ありがとう】=【有難う】と漢字でも表現できます。




【ありがたい】って事は、

【有難い】って事で、

そこに【有る】事が【難しい】って事なですよと。


キンパチ先生みたいな話のくだりになってしまいますが、

自分が【ありがたい】と感じる事は、

当然ですが【当たり前】な事なんかじゃなくて、

【有難い】ことなんですよと。




そんな【有難い】事があった時に、

【有難い】ことに気づけないで、

『ありがとう』と伝えられないのは凄くもったいない。


さらに気づけたとしても、

『ありがとう』っていう"ひらなが"の気持ちで簡単にお礼を伝えるのもかなりもったいない。


【有難い】っていう"漢字"の本質を認識した上で、

『有難う』っていえるようにしていきたいと感じました。




って分かった様な事言ってみたり。

私が【知っているだけ】で、

【認識】出来ている事ってほとんど無いんだなと感じた今日この頃です。






ってまた分かったような事いってみたり(笑)



| ことばあそび | 14:58 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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【意識】から【無意識】に昇華させる




市民ランナーの方のランニングフォームや、

不定愁訴を訴える方の姿勢や動作の改善を目的にトレーニングを行なう際、

よくコメントとして出るのが、

「このまま運動をしたら直るのかしら?」

という疑問です。


結論から言うと直る"可能性は"大いにあると思います。


トレーニングとは何かと考えた時、

色々答えは考えられますが、

一つは【意識】から【無意識】へ昇華させることだと考えています。


一番イメージしやすくよく比喩に用いられるのは自転車でしょうか。

自転車に最初は乗れなくても、

練習すれば乗れるようになり、

10年ぶりに自転車に乗っても倒れないで乗れる。


例えばランニングフォームも、

意図的に少しづつ改善する事で、

最終的には自然に出来るようになる『身に付く』という事だと思います。







ここで疑問になるのは、

そもそも人の動作というのはどのように構築されていくのかという事です。

人間には大きく分けて二つの動作の構築方法があると考えます。



例えば赤ちゃんは、

意図的な練習なしで勝手に寝返りが出来るようになり、

ハイハイが出来るようになり、

歩けるようになり、

走れるようになり、

5歳くらいになると私に対して毒づいたセリフを吐くようになります(笑)

冗談はさておき【自然に歩いたり走ったり出来るようになる】ということです。


すごく簡単に言うと、

歩くなどの生物が生きるために必要な能力は、

歩けるようになるための準備(自動歩行反射/原始反射※①)が自然と発生し、

それらの【意識の必要ない反射】による『トレーニング』をへて、

身体の準備が整ったら勝手に歩き出すという事のようです。


"高度に発達した知覚や意識をもたない"人間以外の動物が歩けるようになるのと同じ成長過程といえます。


このようにただ歩くだけなら生まれ持った能力で出来るのですが、

【機能的】に【効率的】に歩くのには意識が必要です。

その事に関する私の意見は参考記事/【無意識】から【意識】を見つけ出すを参照ください。

人間は、

【原始的な動作獲得能力】(赤ちゃんが歩けるようになる)と、

高度に発達した【意識的な動作獲得能力】(自転車に乗れるようになる)二つを有しているのだと考えます。


【原始的な動作獲得能力】

という動作の獲得方法についても非常に興味深いですが、

今回は、

私が関わらせて頂いている【意識的な動作獲得能力】について考察していきたいと思います。


動作の習得までの流れを、

【錘体路】と【錘体外路】に分けて考える事を生理学の授業でも学び、

多くの文献にも書いてあるようですが、

内容は非常に難しく、

最近では錘体路・錐体外路と別々に分類する事に否定的な意見も散見され、

ハッキリいって動作習得までの生理学的に具体的なシステムは分かりません(笑)


現時点でハッキリしているのは、

【フィードバック】と【フィードフォーワード】という考え方なのかなと推察します。


例えば野球初心者がボールを10メートル先に投げる時には、

やった事の無い野球以外の今まで生きてきた経験値を用い、

脳が身体全体をどのように動かせばいいのかを予測し、

さらにどのくらいの力を出せばちょうど10メートル先にボールが届くかを予測し、

脳から『こういう感じで動け』と身体全体の筋に指示が出されます。


その結果あさっての方向にボールは飛んでいきます。(笑)


その経験を脳が分析し、

『あの身体の動かし方であのような結果になったのなら、こんな感じでやれば良いのではないか。』

という新たな予測をたて、

『じゃあ、こういう感じで動け』と身体全体の筋に指示が出ます。


そのような開かれたループが【フィードバック】であるといえます。

自転車でたとえるなら、

自転車に乗れなくて転んだりしながら、

徐々に上手に乗れるようになって行く過程といえます。





フィードバックを繰り返し経験をつんでいくと、

10メートル先の相手にぴったりボールを投げられるようになってきます。

脳みそでイメージしている動作と、実際の身体の動作がぴったりと一致したといえます。


すると、

【脳みそのイメージに基づく指令】

【脳みそのイメージと実際の動作の間にギャップがあり理想的な動作が出来ない】

【筋肉や視覚などの受容器からのダメだし】

【脳みそからの指令】

【筋肉や視覚などの受容器からのダメだし】

【脳みそからの指令】

・・・・・


という微調整を行なう開かれたループの必要が無くなります。



【脳みそのイメージに基づく指令】

【脳みそのイメージと実際の動作がフィットする】

というように積み重ねた経験により一撃で効率のよい動作が出来るようになります。

この一撃でよい動作が出来るようになることが【フィードフォーワード】であるといえます。

このフィードフォーワードな動作が、

【筋肉や視覚などの受容器】=【意識】からのダメだしが無い【無意識で出来る動作】となります。

10年ぶりに自転車に乗っても転ばずに乗れるのがそれにあたるでしょう。


身体操作方法のゴールは、

意識的な【フィードバック】を繰り返す事で、

無意識な【フィードフォーワード】へと動作を昇華させる事であるといえます。













※①例えば、赤ちゃんがうつ伏せで手足と頭を持ち上げ、身体を反らせることによって抗重力筋である二足歩行に必要な固有背筋群を無意識に『トレーニング』すること。脇を抱えて持ち上げると走っているかのように足を動かす反射など。

| トレーニング・身体・動作 | 17:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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【無意識】から【意識】を見つけ出す





自然という言葉を辞書で引くと、


1・人為が加わっていない、あるがままの状態、現象、およびそれによる生成物

2・1の意味より、山、川、海など

3・1の意味より、人間を除く自然物および生物全般

4・1の意味より、ヒトも含めた[1]天地・宇宙の万物

5・意識(意図)しない行動

6・不思議さ、不可解さを含むと思われる可能性がない事


ということでした。


大まかに考えた場合、

自然というのは【人間の意志や知性の関わらないもの】※①

という解釈が出来るようです。

非常に興味深い。




どの項目も非常に興味深いですが、

今回は上記の5について考えていきたいと思います。


【意識、意図しない行動】

というのはどのようなことが考えられるでしょうか。

例えばA地点からB地点まで歩いて移動する際、

歩行という動作自体は人間の意図で起こります。

歩こうと思わないのに、

突然歩き出してしまう事はあまりありません。



ただし、

歩くという"高度な複合動作"のすべてに意識を向けていたらものすごく大変です。

例えば、

脳『右足を踏み出せ』

脳『左足を浮かせ』

脳『右腕を後ろにふれ』

脳『左腕は前にふれ』

脳『身体はまっすぐキープしろ』

脳『とはいえ腹筋に力を入れすぎるな』

脳『足の筋肉の力はこのくらいか?』

右足『いえもう少し力が必要です』

脳『このくらいか?』

右足『それは出しすぎです』

脳『このくらいか?』

右足『いえもう少し強くしないと身体を支えきれません』

脳『このくらいか?』

右足『そうそう』

腹筋『ちょっと!そっちばっかり対応してないでこっちの力をもっと出してください。身体が倒れちゃいますよ』

脳『すまんすまん、このくらいか?』

腹筋『ちがうちがう・・・・・』




こんなやり取りをいちいち意識してやっていたら、

なんにも出来ません。


そんなふうに意識して身体の各パーツを動かさなくても、

自然に動けるハイテクノロジーな身体や、

身体を動かす脳みそを誰しも持っているとも言えます。




そういった意味では、

歩行という動作は人間の意識の外側の動作で、

『自然な動作であるといえます』



ある意味で人間は、

【自然に歩いている】

という事でしょう。


そして自然に(意識の外側で)歩いているという事は、

当たり前ですが自分の歩行がどういったものか意識していないということです。



高血圧症の方の食行動についての有名なくだりで【味噌汁の話】があります、

Aさんという高血圧症の方がいたとして、

その方に塩分を控えるようにドクターや管理栄養士が指導したとします。


結構多くの方が、

「私はそんなに塩分をとっていない。」

という印象をお持ちです。


Aさんに限らず多くの方が、

自分自身の生活に慣れています。

もちろん他人の生活をしたことはありません。

Aさんは、

Aさんの人生や生活のみしか体験した事がないのです。


すると、

いつも飲んでいる味噌汁が一般的に塩辛いのか、

"普通”なのかの区別がつけられません。



なにも考えなくても普通に行なえる動作や行動=その人にとって自然な行動(意識、意図しない行動)

であるといえます。


上述したように、

意識しないで高度な複合動作を行なえる事自体は、

奇跡とも言えるような素晴らしい事ですが、


同時に一つの問題点も抱えています。

味噌汁が塩辛いことを意識できないように、

動作の非効率な部分、

機能的ではない部分に対しいて、

意識(気づく)ことが出来ないということです。


自然に"出来てしまう"から、

問題意識をもてません。


そのような意識できない身体の問題があった場合、

それが原因で、

痛いところが発生したり、

標準以上の脂肪がついたりする可能性があるということです。


身体に悪影響を及ぼす【原因】以上に、

身体に悪影響を及ぼすであろう原因を認識(意識)出来ないという事が問題なのです。




戦後1950年~現在までの約60年で、

日本人の平均寿命は約30歳延びました。


この寿命の延びる速度は驚異的です。


一説には縄文人の平均寿命は14歳(※②)とも言われているようで、

人間の寿命というのは、

それこそ(自然)からはかけ離れた、

ある意味不自然に長生きをする生物であるとも考えられます。



古代の人間は、

身体の機能的でない使い方による、

【慢性的な悪影響】が出る前に死を迎えていたという事だと思います。


そこへきて、

ここ数十年という短い期間で自然ではありえないほど延びた寿命によって、

機能的でない身体の使い方が原因となる身体への悪影響がでてくる年齢まで長生きするようになった経緯も考えると、

(さらに、頭脳の発達により自然ではありえない動作の出現(比較的新しく出現したものならばスポーツ、古くは稲作など)も影響していると考えられる)

機能的ではない動作を、

意識して修正できない事が致命的な要素へと変わってきているのではないでしょうか。


自然に行なっている【無意識】の動作の中から、

【意識】して修正すべき動作を見つけ出す事が求められています。








※①引用/Wikipedia
※②引用/『健康・老化・寿命』(黒木登志夫著 中公新書)



| トレーニング・身体・動作 | 23:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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同郷の牛


こんなのもあるようです。

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こだわりのおいしさ『上州チップス』

~上州赤城山の麓で育った、

とろけるような牛脂の旨み、芳ばしい風味の上州牛を

パリッと、おいしいチップスに焼き上げました。


私も赤城山のすそ野で育ちましたので、

上州牛にたいしてなにか同郷の同志のような深い感傷を感じてやみません。


同郷の仲間を食べるなんて・・・・

もちろん食べますけど・・・・






『すそのは長し赤城山』

群馬県民ならわかるはずです。

群馬県民かどうかチェックする暗号にも使えますね!

一生使うことはないかもしれませんが、

いつか役に立つかもしれません!

『すそのは長し?』

と聞いて、

『赤城山!!』

と答えられたら群馬県民。





| 日常生活 | 23:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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群馬県



昨今の食べるラー油ブームの勢いは凄まじく、

わが愛すべきふるさと群馬県も、

ちょこっとブームに乗っかって一儲けしようとこんなオシャレな商品を打ち出しました!

s_2011-06-152002_43_28.jpg

その名も、

『群馬下仁田ねぎラー油』

キャッチコピーは、

『下仁田ねぎの甘みとごま油の香りがうまい!』

但し書きには、

『使用しているねぎの30%が下仁田ネギです』

30%・・・・

普通のねぎに比べて下仁田ネギは結構いい値段するからね。

そこらへんもひっくるめて愛すべき群馬の感じがでてます。



ブランド総合研究所なる組織が2009年に行なった47都道府県魅力度ランキングでは、

堂々の45位!

負けるな『ちから合わせる200万』の群馬の仲間たちよ!


群馬出身者に、

『ちから合わせる200万』ってなに?

って聞いてみてください。

みんな分かるから。






| トレーニング・身体・動作 | 19:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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捕手





今日のプロ野球の試合で、

バッターのスイングが後頭部にあたり負傷退場した捕手がいるようです。

後頭部からは流血しながらも、

振り逃げを阻止するために一塁送球し、

その後倒れこんだそうです。


私もキャッチャーをしていましたので、

バットを当てられた経験は多少なりあります。


特に中学野球位までは、

打った後にバットを投げるバッターが多く、

よく投げたバットを身体に当てられました。


最近ではメジャーリーグでも、

本塁クロスプレーで有望な若手捕手が負傷し、

ルール改正が提案されるような話題もありました。


ラグビーもアメフトもサッカーも何でもそうですが、

スポーツって結構痛い事が多いんです。

今回のように怪我もします。


だからこそ怪我や障害の予防を目的として、

私の仕事であるアスレティックトレーナーなどのスタッフがいるわけです。


しかし怪我は起こります。


そこら辺の車よりも速いスピードで飛んでくる石みたいに硬い球を身体でとめたり。

体重120キロで100メートルを11秒台で走る大男にタックルされたり。

サッカーのゴールキーパーの動きをスーパースローで見ましたが、

相手FWのシュートコースを少しでも消すために、

膝を限界まで伸ばしていました。

解剖学的には人の膝関節は大体5度位しか伸ばせませんが、

瞬間的とはいえ、10度くらいまで伸びでいたのではないでしょうか。


どんなに注意しても競技スポーツで怪我は発生するということです。





一方、

先ほど紹介したメジャーリーグの本塁クロスプレーの件ですが、

「安全なようにルールを変更した方がよい」

という意見や、

チームの捕手に対して、

「過剰なブロックをする必要な無い」

と指示するコーチもいた反面、


そのような意見に対して、

「昔ながらのルールを変更しない方が良い」

という意見や、

「そもそも負傷した捕手のブロックのテクニックが未熟だった」

意見もありました。


スポーツのルール上で怪我のリスクを排除した方が良いという意見は、

一見妥当なように感じます。

しかし、あえて危険な状況を変えないでやりたい。

という選手やコーチがいる事も事実です。


わたし自身、

選手が怪我を予防するためにすべてのことをしたいという立場です。

一方でキャッチャーとしてプレーした経験から、

野球の本塁でのクロスプレーの迫力や醍醐味をしっています。

もしも本塁クロスプレーが禁止になったら、

さびしい気持ちになると思います。




怪我のリスクがあるにもかかわらず、

競技スポーツを行なう選手や、

それに熱狂するファンや愛好家は、

ある意味でマゾヒストという事なのでしょうか。


私が考えるに、

別にマゾヒストであるという訳ではなく、

きつい練習や、

怪我の可能性のある試合へのリスクにも勝る、

『スポーツ』にある圧倒的な魅力がそうさせるのではないかと思います。


動機の根源は、

圧倒的な魅力や憧れなどでしょう。


フィットネスに足りないのはそこかも知れません。

フィットネスクラブのトレーナーに現状一番必要とされている能力のようにもかんじます。

トレーナーが魅力的になる事も要素の中の一つですが、

運動自体の魅力を見出す。

スポーツにスポーツ選手が夢中になるように、

運動にクライアントを夢中になっていただくにはどうすればよいのか。









話は変わりますが、



駅から職場への道にある看板です。

このさきは行き止まっていません。

都会の真ん中の罠ですね(笑)

グーグルマップがなければ危うく罠にかかるところでした!

ありがとう!

グーグルマップ!





| スポーツ | 10:05 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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心躍る




スーパーでこんな売り場を見つけると心踊ります。

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誰かじゃないですが、

まさに「宝石箱」のようですね。



新しいアイテムを手に入れた時も心躍りますね。

インシューズの小指部分が破けてしまったので近々に新しいシューズを買いに行こうと思います。

すでに心躍ってます。


『物欲』というのは結構悪く言われがちですが、

私はそこまで悪いものだとは思いません。


ある意味で、

物欲=向上心

ともいえると思います。


単純にインシューズが欲しいから働くとか、

カッコイイからだになりたいからトレーニングするとか。


行き過ぎた執着心はスマートじゃないと思いますが、

人間に必要な欲求だと思います。


高校生の頃、

コーラのペットボトルにオマケでついてくる、

アディダスの靴のボトルキャップを集めていました。

その時の物欲は人生トップ10にランクインするかもしれません。

窓際に並べたボトルキャップを見ると心躍りました。


その時ボトルキャップを集めたことは何の役にもたっていませんが、

結局今現在やっている事も、

もっと良くなりたい。

もっと良くしたい。

という動機でやっている事だと思います。




さあ爆発させましょう!

物欲を!

男子の皆さんはオシャレな筋肉のついた上半身を!

女子の皆さんは健康的なクビレのウエストを!

私はC・ロナウドみたいな身体を!






| 日常生活 | 23:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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平均という考え方




以前、

『正しい動作』というものがあるとしたら、

それはどんな動作なのかを考察しました。

参考記事/正しい動き
参考記事/正しい動き②

正しい動きとは、

人間の身体が動作するにあたり一番効率の良い動きである。


さらに、

その具体的な『効率の良い動き』を考える時に必要な要素は大きく二つ考えられ、

一つは【平均的な動きである】という考え方。

もう一つが【効率的だと思われる動きが何故そのような動きになっているのかの仮説】。

この二つを考慮して考える必要があるということでした。





最近、

その内容について新たに考えさせられる出来事がありましたので記事にしたいと思います。


私が勉強させていただいているR-Body Academyの同期受講生で三療師のリッチー(愛称)は、

いわゆる常足や二軸動作といった事を勉強しています。

そんなリッチーに身体操作方法について教えてもらう機会がありました。


そのときの会話の流れで、

【平均的な動作】について話をしました。


私は平均的な動作がある意味人間の動作の基準になると考えていましたが、

リッチーは次のような見解を持っていました。



例えばA君からJ君まで10人の人間が住んでいる星があるとします。

その10人の運動能力(動作の能力)を能力の高い順に点数をつけた時に以下のようになるとします。

A君10点

B君6点

C君6点

D君5点

E君5点

F君5点

G君4点

H君4点

I君4点

J君1点


この場合、平均点で言えば5.1点という事になります。

正しい動作が【平均的な動作】であるという考え方を単純にはめ込むと、

平均的な動作である5.1点の動作=【正しい動き】

という式が出来上がってしまいます。


J君が「運動能力を上げたい」と考えていた時に、

トレーナーが「Jさんは正しい動きが出来ていないから、運動能力が低いんです。正しい動きを手に入れましょう!」

といって、5.1点の動作を教えることになってしまいます。


教科書に書いてある参考可動域(関節の動く幅)や、

平均的な骨格の位置が、

【平均的で、多くの健常者がそうである】という根拠のもと決められている事である以上、

10点の運動能力をもつA君の動作や身体の特徴が、

もしも素晴らしく良いものだったとしても、

平均から逸脱しているという理由で採用されないという事が起こりえます。


例えば、

多くの教科書には『足の親指の付け根(母子球)に体重をかけるイメージ』について言及されています。

※歩行動作時など、踵→小子球→母子球の順に接地する際、見た目には歩行の立脚相の最終域で母子球が接地しているように見えるが実際に体重をかける必要は無いという考えもあります。

しかし常足について考えている方たちには、

『足の小指側に体重をかけて前に進むべき』という考え方があります。


そのような考え方が今後どのような立場になっていくかはわかりませんが、

少なくとも少し前まで正しいと言われていたオーソドックスな考え方ではないです。



【5.1点の動きを指導する】ではなく、

【10点の動きを考える】というメンタリティには非常に共感します。



正しい動き。

最も効率的な動き。

人間のあるべき姿。


という事を考えた時、

平均という考え方だけでは語れません。


こんな事を考えたり、

常にこんな事を考えている方と話をすることは、

すごく楽しいです(笑)






| ことばあそび | 23:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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環境が人を育てる② 日米韓の場合






毎朝覚めると、

まずテレビをつけます。

朝のニュースを確認しますが、

その日は子供を持つ女性芸能人3人が話をするという番組を見ました。

誰が出ていたか忘れましたが、

その話題の中で面白い話を聞きました。


子供の教育についての話をしていたようですが、

三人のうちの外国出身の二人が、

教育を母国でするのかしないのか。

母国と日本の教育の違いなどについて話していました。


その内容が出演していた方個人の考えなのか、

俗説なのかは分かりませんが以下のような内容でした。




日米韓の子供に対する教育にはそれぞれ異なった特徴がある。


日本【周りの人に迷惑をかけてはいけません】

アメリカ【周りの人の役に立つ人間になりなさい】

韓国【周りの人間に勝ちなさい】


どうでしょうか。



日本の『周りの人に迷惑をかけてはいけません』

という特長には、少し納得させられます。

"いけません"という表現自体が日本人らしいような気がします。


また、

上記の日米韓の特徴を見ると日本と韓国の特徴が、

アメリカに比べて一見よい特徴ではないように見えます。

逆に言うと日本の特徴を馬鹿にされているようにも見えますが、

自国を悪く言われているのに、

それでも納得してしまう自分が、

やはり日本人気質のように感じます。

自虐的というか。



アメリカの『周りの人の役に立つ人間になりなさい。』

というのは個人的にあんまりピンときません。

が、

確かにハリウッド映画には他人のための自己犠牲が良しとされる美徳(隕石が地球に衝突しそうになるやつとか、豪華客船が流氷にあたって沈没しちゃうやつとか)があるように感じます。

そもそも「人の役にたっている自分に酔う」というイメージがあるのかもしれません。

これは個人的で根拠のない意見ですが(笑)



韓国の『周りの人間に勝ちなさい』

というのは、

韓国社会での大学受験に対する重要度の高さなどをテレビで見たりすると、

確かにそうなのかなと納得するところもあります。

実際この話をしていた女性芸能人は韓国出身の方で、

自分もそう思うと発言していました。




国の教育方針や、

社会の風潮などで国民性が決定しているのだとしたら、

やはり自分の身をおく環境という事の重要度はものすごく高いように感じます。








| ことばあそび | 19:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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環境が人を育てる





出来るだけ毎日ブログを更新したいと考えていますが、

昨日は出来ませんでした。

ポケットワイファイを、

文字通りズボンのポケットにいれたまま洗濯してしまったために、

PCをネットにつなぐ事が出来ませんでした。

なにか洗濯機からゴロゴロ音が聞こえるなと思い、

ハッとして調べると、

やはりポケットワイファイが出てきました。

ショックで落ち込みましたが、

気を取り直して改めて洗濯機をまわしました。

なぜかまだゴロゴロ音がします。

再度洗濯機の中を確認すると、

なんとテレビのリモコンが出てきました。

リモコンにいたっては何かがなんだか分かりません。

Kimimaroさんの教訓を活かせませでした。

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前回の記事参考記事/牛丼屋さんの法則にもありますが、

都会の方と田舎にすんでいる方では、

都会で出会う方のほうが『冷たい』や『周りに無関心』な傾向が強いのではないでしょうか。

テレビ番組などのメディアからも時々そのような話を聞きます。



そのような違いがもしもあるとしたら、

同じ人間なのに何故そのような違いが発生するのでしょうか。


違いが発生する要因の一つに、

環境の違いが関係しているのではないかと考えています。


例えば、

私の田舎の群馬の村では、

道を歩いていてもほとんど人に出会いません。

特に午後6時以降なんて誰にも出会いません(笑)

まれにすれ違っても顔見知りだったりするので、

すれ違ったら「こんにちは!」って挨拶することが普通で、

無視する事は不自然です。



一方都会に出てくると、

道路には人が溢れ、

新宿駅などでは一秒に100人位の人とすれ違います。

すれ違う一人一人に挨拶していたら不自然極まりなく、

挨拶している人なんて見た事がありません。


新宿の裏通りなどで、

一対一ですれ違った時にも挨拶しません。

新宿で知らない人に挨拶するのは不自然な事でしょう。



自分のいる環境によって、

『自然な事』

と、

『不自然な事』

がオートマチックに決定しているという事ではないでしょうか。





【環境が人を育てる】

という言葉を聞いたことがあります。


例えば、

ダイエットで、

『夜10時以降食べない』

と決めてた事が守れないケースがあると思います。

それは、

『夜10時以降に食べる』

という事が自然で、

『夜10時以降に食べない』

ということが不自然な環境だから、

不自然な事を自然に出来ないということが、

『夜10時以降に食べない』という目標を達成できない要因の一つなのだと思います。


『当たり前の事を当たり前にやる事は難しい』

なんて言葉も聞きますが、

一般的に当たり前のことが『不自然』な環境にいると、

いくら一般的には当たり前でも『自然』には行えない。

という事ではないでしょうか。


世界中の誰もが夜10時以降に食べないような惑星に住んでいたり、

10時以降に食べないように支えてくれる人がいる環境であれば、

『10時以降に食べない』ことが自然な事になり、

自然と『10時以降に食べない』という目標が達成できるのかもしれません。



仕事などもそうです。

自分の周りに、

ポジティブで、

モチベーションに溢れ、

つねに自己や自己の周囲の人を高めようとしている人がいるような環境であることが、

すばらしい成長と成果を上げるための要因なのだと思います。


自分の理想や目標があったとして、

それを実現するためには、

環境がすごく大切だと思います。


不自然を「あたりまえ」に変える環境が必要なのだと。


「そんな事出来っこないよ」

とか、

「新宿で知らない人に挨拶するとかありえない」

っていう常識は、

結局そこに集まった人間が作る環境の中の常識であって、

違う環境では、

「出来るよ!応援するよ!」

って言う考えが当たり前だったり、

新宿で100人に挨拶だってやろうと思えば出来るわけです。


自分が身を置く環境ってものすごく重要だと改めて考えました。






| ことばあそび | 23:50 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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牛丼屋さんの法則



牛丼チェーン店って沢山ありますが、

私はよく利用します。


そして食べ終わった後に、

「ごちそう様でしたー。」

と声をかけてから店を出るのですが、


そのご馳走様に対する店員さんのリアクションに、

少し法則性を感じます。


どのような法則かというと、

都心に近づけは近づくほど、

ご馳走様でした~

に対する店員さんのリアクションが少なくなっていくのではないか。

というものです。


私は現在、神奈川県に一人暮らししていますが、

神奈川の自宅周辺の牛丼チェーン店の店員さんは、

ご馳走様でしたー

に対して、

「有難うございました!」

なんてリアクションをとってくれます。


少し都心に近づいた、

町田あたりの牛丼チェーン店の店員さんは、

ごちそう様でした~

にたいして、

あまりリアクションをとってくれませんが、

店をでようとして自動ドアが開くと、

「有難うございましたー。」

と見送ってくれます。


新宿池袋恵比寿あたりだと、

ごちそう様でした~

に対して、

ほとんどノーリアクション。

店を出る時には結構「有難うございました」って言ってくれると事もありますが、

店に入った時の挨拶もないときがあります。



法則なんて大げさに言うほど沢山の店舗を食べ歩いているわけではないので、

当然一概には言えませんが、

私の経験上、

都心に近づくほど店員さんは僕をかまってくれません。



単純に忙しいとかそういうことなんでしょうか。

都会の人は冷たいなんてよく聞きますが、

結構気になります。



でも池袋のあるチェーン店には、

めっちゃテンション高い店員さんがいます。

一人。

やはり都会とか田舎とかは関係ないのでしょうか。






| トレーナー・仕事・職業観 | 23:44 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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インターネットを利用した運動指導




インターネットを利用したトレーニングなど運動指導について興味があります。

例えばSkype(スカイプ)などインターネット通話を利用した、

ビデオ会議や打ち合わせなど、

すでに実用化され、

多くの企業で採用されています。


タイムリーな話では、

3月の震災で避難生活を行なっている方のために、

ウェブ上にエコノミークラスシンドローム予防の簡単なチェアーエクササイズの動画をUPしている方もいました。



すでにスポーツ業界でも採用されている事とは推察されます。

今後はトレーナーとクライアントが直接顔をあわせずに、

例えばSkypeを利用して行なう運動指導などが普及していくかも知れません。



私自身は現段階で、

クライアントとトレーナー(例えば私)間での、

Skypeなどを利用したLIVEでのコミュニケーションは、

具体的に考えていません。


が、


現段階で考えているのは、

例えば、

私がクライアントに対してトレーニングプログラムを作成した際に、

ブログ上に動画でトレーニングのフォームをUPし、

目的や注意点や負荷設定などを詳しく解説するページを作る。

こんな事を考えています。


トレーニングを説明した後、

クライアントの方がご自分でもトレーニングを行なえるように、

トレーニングプログラムの詳細をペーパーでお渡ししたりしています。

そこで結構ネックとなっていたのが、

紙媒体では実際の動いているトレーニングのフォームの説明に限界があるということでした。

その点、

ネット上でトレーニングフォームを動画で閲覧する事が出来れば、

その問題も解決します。



例えばクライアントの方が、

スマートフォンや、

タブレット型端末を持っていれば、

トレーニングジムで、

動画のメニューを確認する事も十分可能になるということです。



要はクライアントのトレーニングプログラムが、

ウェブ上でいつでも閲覧でき、

例えば疑問点をメッセージで質問していただき、

トレーナーがそれに返答をおこなう。


そんなことが出来たら面白いのではないかと考えています。



近いうちに、

試験的にトレーニングの動画のUPや、

トレーニングプログラム自体をブログにUPしたいと考えています。




| アイテム・ツール | 23:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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happyには順番がある


「まず、自分がHAPPYになってから、他人にもHAPPYを分けてあげたい・・・」

悲しいことに、そう言っているうちは、HAPPYになれない。

HAPPYには、順番がある。

他人のHAPPYを手伝うことから、自分のHAPPYも始まっていく。

いや、他人のHAPPYを手伝うこと自体が、自分のHAPPYだったりもする。

自分のまわりに笑顔が溢れてこそ、自分も笑顔になれる。

お金、名声、地位、ライフスタイル、精神的なもの・・・

HAPPYのカタチは人それぞれだけど、

何気ない毎日の中に「ありがどう」を溢れさせること。

それがHAPPYへの最速ルート。


※引用/SANCTUARY/高橋歩・磯尾克行著

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今日、地元の幼馴染と6年ぶり位に会う機会があり、

お互い用事の合間だったので、

短い時間でしたが近況の報告や、

お互いの仕事の話を話しました。


話の流れで一冊の本を借りたんですが、

SANCTUARY(サンクチュアリ)という本です。


すごく簡単に言うと、

私の呼んだイメージとしては自己啓発本という印象を受けたのですがどうでしょうか。

1999年に初版発行ということだったので少し古い本ですが、

読むと結構ナウい印象を受けました。

「ナウい」って言葉が古いですね。


HAPPYの順番という内容について、

最近私もなんとなく考えていた事があります。




マーケティングとか営業であるとか、

最近話題になったドラッガーとかについて少しづつ本を読んだりしています。


マーケティングというのは、

顧客のニーズを分析し、

ニーズにあった商品なりサービスなりを提供する。

ということでしょうか。


そう考えると、

顧客のニーズを達成することは、

顧客のHAPPYを達成することであり、

顧客のHAPPYを達成する事で、

企業は利益を得て、

企業もHAPPYになる。

という事になるのだと。


顧客がまずHAPPYになることが、

企業のHAPPYを生み出せる。

「HAPPYには順番がある」

ということは、

「仕事を成功させるための考え方には順番がある」

ということと通じるところがあると思います。


顧客をHAPPYにするという事が成功のための絶対条件であるということ。


そこのスタートの考え方がぶれない事が大切なのかもしれません。










しかしこの本の著者の高橋歩さんですが、

この本を読んでいただければ分かりますが、

この「HAPPYの順番」を完全に無視しているように感じます。(笑)

「自らが楽しい」という事を追求している方のようにも思えますが、

どうなんでしょうか。


この本を読んだだけの知識しかないので本当のところは分かりませんが、

あなたには言われたくない!

という気持ちも多少なりともあります。(笑)



私は【自己啓発本】の類はあまり読みませんが、

この本はすごくためになりました。

この本を勧めてくれたのが、

幼馴染の彼女だったという事が大きな理由かもしれません。

顧客のHAPPYを一番に考えた上で、

最終的にはやはり人なのかなとも感じました。



営業をやっている方が顧客の方に、

「同じような商品ならお前から買いたい。」

「500円高くてもお前から買いたい。」

といっていただいたり。

トレーナーやコーチなら、

「〇〇さんに指導を受けたい」

「〇〇さんじゃなきゃダメなんだ」

とクライアントに言ってただいたり。

私も彼女から勧められたから、

ためになったと感じたのだと思います。

そんな風な事も考えました。


クライアントのHAPPYのために努力をしていきます。





| 本棚 | 23:56 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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神様はいないのか



一人暮らしをしていて、

良く利用するのが駅前のお弁当屋さん。

結構遅くまでやっていてありがたいです。


ご飯はあったかいほうがいいので、

家に帰ってからもう一度チンして、

へやにもって行く時に、

部屋の入り口のドアにお弁当の角が引っかかってどーん。

から揚げがポーン。

散弾銃の弾丸のように飛び散るお米達。





神様はいないのか。





カーペットに飛び散ったお米を拾いながら感じました。







『神は細部に宿る』という言葉があります。

God is in the details

なにやらオシャレな響きなので気になっていました。



結構有名な言葉ですが、

なにが語源となったのかネットで調べてみると、

建築家の方の言葉であるとか、

聖書からの出典であるとか、

詳細は分かりませんでした。



意味としては、

例えばすごく美しい建物があったとしても、

雨漏りとかひび割れとか細かい欠陥があったら完全とはいえない。

という事であったり、

そもそも全体が美しい建築物は優れたディティールをもっているものである。

ということのようです。



あとは、

例えば建築家が設計を行う際に、

「人がみて分からなくても、自分で分かるような手抜きをするなよ?」

という戒めの言葉で利用されたりもするようです。




例えばすごく美しい自然の景色などをわたしは見た事があります。

すごく晴れた日の空とか、

実家の庭から見える谷川岳とか。

テレビの番組や写真などでも見ます。

例えば『グランドキャニオン』とか。



映像で見るだけでも神々しいグランドキャニオンを、

人が作るのは現実的ではありません。

そう考えるとグランドキャニオンは神様の建築物といってもいいでしょう。

神様の作品は人には作れません。



しかし、

人間の作った建築物にも神がかった美しさを感じることがあります。

例えば『サグラダファミリア』とか。


なにが言いたいかというと、

ものを作り出す過程に携わる人が、

「自分に分かるような手抜き」をした作品。

見る人が見ないと分からないようなディティールを妥協した作品には、

たとえ全体的な見た目が整っていたとしても、

神がかった美しさは宿らないんじゃないでしょうか。


細部にこそ全力を傾けることで全体が作られ、

その完成度が高くなるのだと思います。



そもそも神様の領域レベルの実力が伴っている人が、

「自分に分かる手抜き」をしないで作った時に神がかるのか。


「自分に分かる手抜き」をしないでやり続けた人が、

神様の領域の実力を手に入れるのかは分かりませんが、


私も「自分に分かる手抜き」をしないように意識して仕事をしていきたいと思います。


例えばお客様のトレーニングのフォームが不完全だと感じた時に、

その場をやり過ごすためだけに妥協することをしないように。


神さまとか大げさな話になりましたが、

プロフェッショナルってそういうことだと思います。






| ことばあそび | 20:03 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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